神戸から世界へ!の願いを込めて…「村元姉妹」こと、タイでフィギュアスケートの指導者として頑張る・姉「村元小月(さつき)」さんと、関西大学で選手として頑張る妹・「村元哉中(かな)」選手を応援するブログです。
村元哉中選手インタビュー(アイスダンス転向について)
Twitterの方では、哉中選手ご本人の公開アカウントより発表があり
いくつかの情報については、当ブログのアカウント@satsuki_kanaでつぶやきました。

村元哉中選手は、2014-2015シーズンより
野口博一選手と共に「村元哉中・野口博一組」としてアイスダンスに転向し
2018年の平昌オリンピックの出場を目指します。
-毎年恒例の今シーズンを振り返って。と聞きたいのですが…
アイスダンス転向と言う事で、アイスダンスに転向されるきっかけを教えていただけますか?

以前より、周囲からアイスダンスをやってみない?
と、言うお誘いはありましたが、ずっと断っていました。
バンクーバー五輪でバーチュ/モイヤー組、デイビス/ホワイト組の演技を見て
とても惹き込まれました。それをきっかけに、アイスダンスと言う競技には興味を持ち
試合は毎回見ていましたが、まだ自分自身がアイスダンスをやる事は頭にありませんでした。

トライアウトのお話を頂き、初めはスケーティングの勉強を兼ねての軽い気持ちでの参加でした。
実際に一緒に滑り、ホールドして滑ったり、スピンをやっていたら、シングルの倍難しい!
難しいのですが、それと同時に、踊る事が大好きな自分にとっては、
アイスダンスの方が自分の表現力を活かせるのではないか?と思いました。

踊る事が大好きで、もっと「村元哉中」と言うのを見せたかったのもありましたし、
多くの人に「哉中ちゃんのスケーティングが好き」と言って下さっているのを活かせるのも、
アイスダンスではないか?と、トライアウトを通して感じました。

そして、もう一つの大きなきっかけは、素敵なパートナーに巡り合えたからです!
ペア競技は人間性がとても大切だと聞きました。
例えば、顔が「チョーイケメン」(←原文まま(笑)) でも、性格が合わなければ成り立ちませんし
お互いを尊敬しあえるペアになるのが大事な事です。
今のパートナーとは、自分が思っているだけかもしれませんが、、、(笑)
性格もとてもよく合うので、自分としてはいいパートナーと出会えて良かったなと思っています。

-シングルとアイスダンスの違いは?

全てが違います!
自由が無いです(笑)常にパートナーと何かやりながら滑っているので。あとスピンが全然違います!

-靴から違うんですよね?

アイスダンスの靴は、靴もエッジも違うんですよ。
エッジはシングルより踵が短くて、初めて履いた時は産まれたての子鹿みたいでした(笑)
段々慣れてくると、シングルよりも滑りやすいですが、ツイヅルに苦戦しています。

-バンクーバーでトレーニングしているそうですね。
 
バンクーバーでは、世界ジュニアの銅メダリスト(Madeline Edwards&Zhao Kai Pang組)を始め、
多くのアイスダンサーがいます。
みんなとてもいい人たちで、仲良くしてくれています。
バンクーバーでの生活は充実していますよ。

現時点では、複数の方から指導を受けていて、まだどのコーチに指導して頂くかは決まっていないんです。

-日本ではどの様なトレーニングをされているのですか?

日本では殆ど練習が出来ません。パートナーの野口君とは関東と関西で離れていますし。
日本に居る時はスケーティングの自主練習と体力トレーニングをしています。
シングルの倍、アイスダンスは体力が必要ですから。
日本では、全く練習出来ないので出来る限りバンクーバーでトレーニングをしたいです。

-そんな日本のアイスダンス環境を変えて行きたいと言う思いもあるのでしょうか?

とりあえず、今は一人前のちゃんとしたアイスダンサーになる事です。
シングルとは全く違うアイスダンスに転向しましたし、
パートナーの野口君との信頼関係を築き上げながら、試合に出ても恥ずかしくないようなレベルになりたいです。

-ゆくゆくは平昌五輪への出場を…ですか?

もちろんです!
 
-嬉しいです。その言葉。シングル時代は大学4年で引退し、オリンピックなんて思わなかったですよね。

シングル時代は全然考えた事が無かったのですが、
アイスダンスに転向したので本気で五輪を目指します!

-シングルからの転向でオリンピック。と言えば、ペアで仲良しの木原龍一選手がいますね。

龍一がオリンピックに出た事はもちろん感動したのですが、
それと同時に、自分も頑張らなければと言う思いを抱きました。
アイスダンス転向は、龍一がペア転向した事にも影響を受けましたし、
悩んでいる時には、龍一にも色々話を聞いて貰いました。
龍一達とオリンピックに出られたら最高ですね!

-シングル時代の一番の思い出は?

やはり、夢の全日本最終グループに入れた事でしょうか。
(2011年の全日本でSP6位につけ最終グループ入りしました)
いや、それよりも、シングル選手ならではの国体ですね!インカレもです。
さっちゃんや沙耶ちゃん(上野沙耶選手)と一緒に頑張れた事ですね。
誰かと一緒に何かを頑張ると言うのが好きなんです。
アイスダンスの選手になると、もう国体には出場出来ないのですが、
今までは、一緒に頑張るパートナーが
さっちゃんや沙耶ちゃんだったのが、今は野口君になったのかな?(笑)

-今まで、さっちゃんや沙耶ちゃん達と目指していた表彰台の上を、
これからは野口君と一緒に目指すわけですね

そうですね!本当に大変な事ですし、簡単にはいかないとは思いますが、トップを目指して頑張りますよ。

-(話を聞いていて)シングル時代とは全然違いますね。ポジティブですね!

自分でもそれは感じますね。
シングル時代よりワクワクしています!
シングルが嫌でアイスダンスに転向したわけではありませんが、
アイスダンスの方がもっと自分らしく、自信を持って滑る事が出来るのではないかと思いました。

-クヨクヨして野口君の足を引っ張れないし、団体戦で責任を持って戦える哉中選手ですからね。

いい結果が出た時に、一緒になって喜び合えるのがアイスダンスだと思います。
一人じゃないですからね。

-では、最後に。アイスダンサーとしてのファンへのメッセージをお願いします!

まだアイスダンスは未知の世界なので…
今はしっかりと基礎を磨いて、今までとは違った新しい村元哉中。と、言うよりも
「かなひろペア」を全日本の舞台を見せられるように日々頑張りますので応援よろしくお願いします!
(野口君は向こうでは「ヒロ」と呼ばれているそうです)

哉中選手、アイスダンス転向がなければ、大学4年生で引退する予定でした。
関大スケート部を盛り上げて、全日本に出て、
学生の間に、今シーズン補欠だったユニバーシアードに出場できればいいな〜
(ブログも色々あったけど、あと2シーズンで一区切りするつもりでいました)
そんな感じで残りのシーズンを、ファンとしても楽しもうと思っていたのですが
いきなりのアイスダンス転向、そしてオリンピックを目指す!発言まで…

オリンピックは簡単なものではないと思います。
4年で間に合うか分からないし、国内に数組のカップルが結成されるそうで、
日本のアイスダンスが盛り上がると同時に、国内でも戦わないといけません。

オリンピックに出られたら、これ以上に無い幸せですが、
これからの4年間を、オリンピックを目指すいちアイスダンサーの応援をしていける事
ブログやTwitterを通して、共にオリンピックを夢見られる事…
今からワクワクして仕方ありません!!!

哉中選手、そして野口君。かなヒロペアと共に
4年間を存分に楽しみたいと思います!!


 
[哉中]コメント・エピソード comments(0) trackbacks(0)
安藤美姫さんとさっちゃん先生

サワディーカー!(タイ語でこんにちは)

 

シーズン中は、どうしても現役選手の方が話題に尽きないのですが…
タイでフィギュアスケートのコーチとして頑張っている
村元小月さんの元気なお知らせをいただきました!




安藤美姫さんと!!!!

 

昨年のアイスチャレンジでの一幕。
現地観戦された、美姫さんファンの方から頂きましたm(_)m

 

その方によると、さっちゃん先生は
選手や周囲ともしっかりコミュニケーションを取って
立派にコーチを務められてて、感心だったそうですよ。
そして、この2ショットを撮影した時は
美姫さんがとっても喜んでいたそうです!

 

安藤美姫さんと村元姉妹に関しては
 

「世界女王と村元姉妹」http://satsuki-kana.com/?eid=403

 

と、言う記事で、子供の頃のエピソードを紹介しています。

 

一昨年、アイスショーで美姫さんとお話しさせて頂いた際


「アメリカで一緒に練習していた時期があったんですよ」
「2人とも美人さんになりましたねぇ〜」

 

と、親戚のおば…お姉さんのように、村元姉妹の事を色々とお話ししてくれました。
あの時の、とっても優しい美姫さんの表情は忘れられません^^

 

当時は、現役復帰の明言を避けておられ
「村元姉妹とまた試合で一緒になるといいですね」と話すと
ん〜?と、はぐらかされてしまいましたが…
あれから現役復帰され、最後の全日本に哉中選手も出場。
村元ママによると、直前までコンディションが上がらず、
落ち込んでいた哉中選手も、美姫さんに会えて元気をもらったそうです。

 


決断までに長い間悩み、日本の真面目な子供達とは違う
お国柄のギャップに戸惑い、連盟の指導方針に悩み…
異国の地で奮闘中の小月さんも、もうすぐ1年。
色々あったけど、生徒を連れて国際大会デビューの夢も果たせ
来日も果たし、生徒たちも目に見えて成長を見せてくれているとの事。
ついこないだまで選手だったのに、もうすっかり先生の顔です。

 

さっちゃん先生、ガンバ!

さっちゃん先生 comments(0) trackbacks(0)
村元哉中選手21歳お誕生日おめでとうございます♪
♪村元哉中選手21歳のお誕生日おめでとうございます♪

知り合ったのは14歳、ブログを始めさせていただいた当時は15歳でした。
先日、そんな話をしながら、「もう6年も応援して下さってるんですね〜」と
指折り数えてしみじみと語ってくれた哉中選手でした。
6年もこんな気持ち悪いおばちゃんに追いかけられてごめんね!
なんて思ったり思わなかったり…(笑)どうもすみません。



ほんっとに華奢だったんだよこの頃は。
マッチ棒が滑ってるんじゃないかってレベルです。

14歳。とっても可愛いピンクのおチビさんが…

kana201301.jpg

(写真は秋のものなのですが…)

21歳のお誕生日を迎え、こんなにおおきくなりました!!
顔はあんまり変わらないですね^^
背も伸びて、手足の長さは相変わらずで
リンクでも存在感を発揮するプロポーションに成長されました。

本当は、未公開の過去の写真を並べて「Best of Kana MURAMOTO」を
やりたかったのですが、このタイミングでのまさかのHDDエラー^^;
なので、ブログでも過去に掲載したものからチョイス。



こんなにかわいらしかったお嬢ちゃんたちは…

inkare05.jpg

3人同じ大学で、相変わらず頑張っています♪
小さい頃から仲良しで、切磋琢磨する3人です。

今シーズンの哉中選手の試合はすべて終わっています。
国体が最後でしたね。今シーズンも、結果や数字だけ見ると、
あまりいいシーズンではなかったかもしれないけど
やっぱり、泣いたり笑ったり、ドキドキしたり、ワクワクしたり
ハラハラも何年経っても毎回するし、トータルするといいシーズンだったなと。

どの試合が1番?と聞かれると、全日本でしょうか。
あのさいたまスーパーアリーナの地に立ち
まさかの1番滑走があり、フリーに進めて、カルメンを演じた。
四方八方から降り注ぐ拍手のシャワー、それを1人で受け止める哉中選手。
選手も幸せだったそうですが、私もあの瞬間は本当に幸せでした。

あんまり泣くことはないし、小月さんの引退の試合ですら
妹の涙で爆笑してしまい、涙がひっこんでしまった位泣かないのですが
さいたまでは泣きました。色々な思いがこみ上げてきました。
(個人的な思いもあったのです…)

アスリートとしては、あまりにも繊細過ぎると思う。
ホントに普通の女子大生だし、気の優しい甘えん坊の典型的な末っ子ちゃん。
夢や希望と言うよりも、一緒に泣いたり笑ったりしながらも
一人の女性の成長を見届けているのかもしれません。
亀のような歩みだけど、着実に成長している。人からはやきもきするぐらいのスローで。
3歩進んで5歩下がる、365歩で足りないんじゃない?ってぐらい
進んだり、進まなかったりする。
だけど、少しずつちゃんと進んでいる事を6年間で見続けてきています。

21歳の哉中選手とも、泣いたり笑ったりしながら楽しく過ごせますように!
 
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祝!兵庫県成年女子優勝!日光国体


1月30日〜31日、日光霧降アイスアリーナで開催された
「第69回国民体育大会冬季大会 フィギュアスケート競技」に
兵庫県成年女子代表として、村元哉中選手が出場されました。

試合結果はこちら
http://www.jsfresults.com/National/2013-2014/fs_j/kokutai/data0290.htm

◆ショートプログラム

3T転倒、サルコウは6分間でも決まったり決まらなかったり…でしたが
本番は2Sパンク、2Aはなんとか…ううう、要素抜けではないか…
と、気落ちする間もなく。3つのジャンプが終わってから、
さてここからが本番!イッツショータイム\(^o^)/と言わんばかりに
美麗スピン、セクシーステップ、スピン!と切り替わったように魅せてくれました。
プログラムの流れ的に「哉中はここからよ!」と言わんばかりの
スイッチの切り替わりよう(笑)アクセルの前と後が同じ時間のプログラムとは思えない!
要素抜けたぁぁぁ!!!と、落ち込む暇なく、
セクシーステップ投げキッスにメロメロ♪ちょーかわいい!ちょーセクシー!
やっぱりいいプログラムです。大好きです。

◆公式練習

公式練習の最後の方に入場。
皆さんコスチュームの中、安心安定の練習着\(^o^)/
全身黒の練習着でランスルーされていたのですぐ分かりました(笑)
こんな中で練習着なのは哉中しか居ない!
小月さんもだけど、あなた達姉妹は意地でもコスチュームでは滑りたくないの?
寒いの?嫌なの?(コスチュームで公式練習してるところ見た事ない)
足元吸い付くようなねっとりしたスケーティング。
最後の最後だから、ランスルーからの軽いスピンの確認し、
最初の3連続の前の振り付けを何度か確認。

◆フリー

フリー。6分間のジャンプの調子を見て、いい予感はしなかったのですが、、、^_^;
明らかに軸が曲がってるというか、飛べる気がしないんですが(^_^;)
最初の3連続を決めてよっしゃー!と安心した束の間、
飛ぶたびにドキドキし、ハラハラし、
後半からはダブルでいいのよー!と心で叫びつつ
サルコウ1本クリーンに入った事に安心したり、、、忙しかった!
ちょっとカルメンの世界観を愛でる余裕なしですσ(^_^;)
せっかくまたジャッジ側で、悩殺目線を頂こうと楽しみにしていましたが、
今日はちょっと余裕なかったかも。久しぶりにハラハラしちゃいました。
昨日もですが、ジャンプはジャンプ。他は他。
ジャンプのミスをほかの要素まで引きずらず、スピンはレベル4で揃えましたしね。

ショートから順位を上げての最終順位が6位でした。
本来の演技ではなかったけど、まずまずの結果を残せたと思います。

◆相棒!
 
そして、国体と言えば2人で1つ。
少年女子以来のタッグを組むのが、関西大学の後輩でもある上野沙耶選手。

ユニバーシアードから帰国後、全日本、インカレ、国体と言う
ハードな日程をこなしたうえ、すべての試合で結果を残した上野沙耶選手。
お母様から、インカレ後に体調を崩していたと伺って、
本人からも練習の時点で体力に心配があったんですとの事。
ショートは滑り切れても、フリーは??と心配していましたが、
朝からしれっと華麗に2A3T2Tをお決めあそばされる麗しいお姫様(笑)

沙耶、、、恐ろしい子((((;゚Д゚))))))) それで病み上がりですか?
心配して損した!ショートもフリーも、今まで見た事ないぐらい
安定感があってオーラもあって、負ける気が全くしなかったです。
美人でゴージャスな雰囲気。強気なスケート。関西大学のグレーシ・ゴールドや!
(と、本人に伝えたら「グレーシーですか?嬉しいです(*^_^*)」とニッコリ)

プチ「ゾーンに入った」ような、完ぺきな試合を見せた
上野沙耶選手はショートフリー共に1位、165点台と言う高得点で個人優勝。
哉中選手の6位と合わせ、兵庫県成年女子7年ぶりの優勝を果たしました!

◆兵庫県成年女子7年ぶりに!

最終組には6人中3人が関大ガールズ。半分が関大ガールズ。
(本来の力が出せたら、哉中選手も入るはずだったけどなー)
相棒の大活躍もあり、自身も優勝に貢献する順位。7年ぶりの快挙。
表彰台はほぼ毎年乗っていますが、東京とか東京とか東京とか、、、
ほぼ東京との一騎打ちに破れて来た兵庫県。

いつ優勝するの?今(年)でしょ!と言うチャンス大の今年、見事に優勝を果たしました\(^o^)/


台の一番上に乗る哉中選手。帯広でも嬉しかったけど、
一番高い場所に乗る哉中選手。よき眺め哉中。


1位兵庫県、関大と関大。
3位大阪府、関大と関学。
4位北海道、関大と札幌大学。

さすが関大ガールズ(≧∇≦)
福岡代表の南里選手も関大で、国体関大ガールズ大活躍ですね\(^o^)/

◆哉中選手と…

終わった後、哉中選手と色々お話させてもらいました。
 

1.スピンのレベル
 
哉中選手自身はスピンのレベルは取れていないかも?
と、言う感覚があったそうですが、レベル4が取れていて逆に
「いいの?これでレベル4って甘くないの?」とびっくりしたそうです。
ちなみに、テクニカルパネルに入っていたのが、
7年前兵庫県優勝の時に選手として出ていた梅谷友紀さん。
監督が、その弟さんである梅谷英生さん。自身も技術審判の資格を持つ身として
「僕も見ていてレベル取れていないなと感じました」「僕ならレベル3ですね」
「甘いですね」と手厳しいコメントを連発されていました^^;

ジャンプは、、、まぁまぁまぁ(^_^;) な国体でしたが、
ショートの見事な切り替えもですし、フリーもステップなど決めるところは決めていました。
昔はジャンプ3つくらい失敗したらパニックになって、
見た目からスイッチが切れたみたいになってたのになー(笑)
なんて昔話をしたら「昔は遭難していましたね」と苦笑いの哉中選手。

2.カルメンについて

ファンの中でも賛否両論ありました。それも話しました。
シーズン最初は、プログラムの解釈に悩みながらのカルメンだったように思います。
毎回印象が違い、見てる側も周りも本当にバラバラの解釈でした。
何を表現したいのか?カルメン自体を表現したいのか?
曲がカルメンでカルメンを演じてるわけではないのか?明確なストーリーが見えず。
振付師のカタリーナ・リンデンさんとの間でどう言う話をしたのか?と言う所も気になっていました。

「カタリーナには特にこうしなさいという具体的な指示や、コンセプトは言われなかったです。
カタリーナが踊って、それを哉中が真似をして。
それを見てカタリーナがこうした方がいいよと動きで示してくれて、、、
アドバイスとしては、目線を意識しなさいと言われました」

カルメンは定番曲で有名なプログラムも多く、他のスケーターのカルメンのイメージがつきやすいもの。
毒々しくないからカルメンらしくない!って言われる方もいますし、
目線で悩殺された!カルメンだった!と言ってくださる方もいて。
人それぞれ、ネガティブな感想さえも。余りにもバラバラな感想だったのが聞いていて新鮮でした(^_^)

いい時も悪い時も。ジャッジ側からも裏側からも。あのさいたまスーパーアリーナからも見た。
他にも沢山魅力的なプログラムがありますが、今のスケーティング技術がなければ出来ないカルメン。
哉中選手の魅力を引き出してくれたカルメンとカタリーナには感謝ですね。
昨シーズンの「THE Giving」では果たせなかった課題をカルメンで果たしたように思うし、
他の誰でもない、村元哉中選手にしか出来ないカルメンだと思います。

 
[哉中]試合・エキシビション comments(0) trackbacks(0)
忘れられない全日本2013
金髪に近い明るい髪で「オフシーズン、しっかり練習していますよ」と語ってくれた夏の終わり。
 
週に一回、大学に行かずスケートの練習に充てる時間を作っている事、
大学でスポーツの勉強をしている事、昨シーズンの悔しさを自分なりに変えて行こうとする姿が見られた。

そして迎えた近畿ブロック。6分間練習から、ぐいぐい加速するクロスを見るだけでゾクゾク来た。
一人だけスピードが違うし、足元がとても力強かった。
フィジカル面の仕上がり、オフシーズンの練習が充実していた事を感じさせるスケーティング。

ショートは幸せな時間だった。背中からも楽しさが伝わって来て。
細かい振り付けをリズムよく踊る姿、滑らかなエッジワークに力強さとスピードが増して、
臨海のリンクこんなに狭かったかな?ってくらいスピードがあって、
ちょっとサルコウのタイミング合わなかったなって思ったけど、補い余るパワーがあった。
ミスがあったにも拘らず、終わってから「わぁー!」って歓声が上がった。

西インカレも好調だった。インカレ代表が掛かった中で、力を発揮出来た。
関大女子が上位独占、3人が90点超えと言うハイレベルな戦いだった。
その一人が哉中選手だったのは、ファンとして誇らしく嬉しかった。

西日本は表情が暗かった。心ここに非ず・・・
張りたてホヤホヤのリンクだからとか、全日本が掛かったプレッシャーではない。
表情が暗く、目が泳いでた。6分間から滑りに迷いが出ていた。
「別に調子が悪いわけじゃない」と話していた。
怪我はしていないのは見て感じたが、じゃあ何が不安なんだろう?

「人を惹きつけたり、感動してもらえる演技をしたい」

カルメンをどう演じたいか?を話した時の言葉だ。
そんなのとっくに出来てるから!と言う私に苦笑いしていた。
華がある、美しいスケートの持ち主なのに、、、どうして自信が持てないんだろうか?
それに気づけたら変われるのかな?何とかして、気づいて欲しい!

私一人がブログで喚いてるだけでは伝わらないと思った。
Twitterのお気に入りは外部のユーザーからも見られる。
「哉中」「村元哉中」「村元 かな」と検索しては、現地観戦された方の感想、
全日本を待ってくださっている方のつぶやきを片っ端からお気に入りに入れた。
それを見てねって伝えた。そして、演技が終わってから客席でファンが
どんな顔してあなたを見ているか、あなたに拍手をしているか。
それを感じられたら、少しは自信が持てるのではないかな?と話した。

 
村元ママは、毎年全日本前になると必ず連絡をくれる。
「哉中は参加するだけ」「期待しないでね」
「練習してなくてボロボロやからショート落ちやからね!」こんな調子でメールが来る。
小月さんの時から、いい時も優勝した時も「あんな演技で優勝なんて!」と、
表情とは裏腹の事を言う人だ。
毎年、西日本のショートが終わると、決まったように
「こんなんじゃ全日本行けない!」「チケット無駄になるからね!」と言うし、
通過したらしたで「こんな情けない演技でよく通過出来たわ!」と嬉しそうな顔で言う。

今年は何か違った。詳しくは聞かなかったけど、いつもと様子が違うのは感じて取れた。
ママ、相当不安なんだなって感じたし、哉中選手もしかしたらかなりヤバい状態なのかもしれない。
西日本の暗い表情ばかり脳裏を過る。「何があったの???」聞きたくて、、、深く知るのは怖くて。
本人に聞くわけにもいかないし、一人で想像だけで悶々とした思いを抱えていた。

2009年の初めての全日本から、通算5回目の全日本。
ワクワク、ドキドキよりも。怖かった。前日くらいまで怖かった。
マイナスの事しか思い浮かばない。準備する気持ちになれない。
いっそ棄権しますと言われた方が楽になるんじゃないかとさえ思った。

「@kana3ic3mura: 1番滑走です!!!笑笑 楽しんで滑ろう!!! 応援よろしくお願いします(^O^)」
 
なーんでこんな時に1番引くのかしらねぇ、このお嬢さんは!(笑)

「@kana3ic3mura: 一瞬1位をあじわえる滑走順ですね!笑 滅多にこんな会場で滑れることはないとおもうのでおもいっきり楽しみます(≧∇≦)♡」

何が一瞬1位やねん!当たり前やんか!(笑)肩のチカラが抜け、笑ってしまった。
あぁ全日本が始まるんだな。やっとこちらもスイッチが入った次第。
村上佳菜子選手や安藤美姫さんらに会って彼女もスイッチが入ったのかな?

1番滑走、さいたまスーパーアリーナだ。
そんなシチュエーションの中でやれる事はやったし、アクセル以外はよく踊れていた。
久々にクリーンなサルコウが入ったし、思った以上に滑れていた。
やっとジャッジ側から可愛いステップを見られた。
即、次の松田悠良選手に順位を抜かれたが、ホンの一瞬だけは、1番だった(笑)

よく頑張ったやん、哉中ちゃん。

胸をなでおろしている所、第二グループも終わらないうちにママから
「フリー行けないわ」「申し訳ないです」「辛いから試合を見ていられない」
ネガティブ満載のメールが来た。何年も全日本を見ているファンならば、
49点台でショート落ちする年はまず無い事は分かる。後半グループで滑れる年もある。
フリーに行けるかどうかなんか、3〜4グループ目まで読めない。
なのに、何故第二グループも終わらないうちから悲観しているんだ!

あの時に感じた感情は、怒りだったのか悲しみだったのか、よく分からなかった。
このままいつもの様に受け流してたら、選手よりママが潰れてしまうんじゃないか?
そんな危機感もあったように思う。感情に任せてメールの送信ボタンを押してしまった。
 
「親が娘を信じてあげなくてどうするんですか?」

分かってる。ママの言葉とホンネが裏腹だって事。分かってるのに、抑えられなかった。
抑えられない気持ちをぶつけてしまい後悔していた。
ホテルに帰り、疲れた身体を休めたいのに、目が冴えて、寝付けなかった。
毎回、試合の感想をタイの小月さんにメールしている。
今回も同じようにメールして、ママにこんな事を言ってしまった事も話した。

「選手はミスをして点数が低ければ、誰だってフリーに進めるか不安になるものです。
ママは本気で哉中のスケートが好きだから弱気になるんですよ。
私も復帰後は不安だったし、ママも不安だった。だけど、自分自身で自信を持てたから復帰出来た。
周りが何と言おうと、やはり最後は自分なんです。
自分のスケートに自信が持てるかどうかは自分自身でしかないんです。
哉中は他の選手に無い華がある。私も自信を持って滑れるようになればいいなと思います。」

明け方届いたメッセージには、小月さんらしい冷静な意見だった。
元選手で、同じ娘としてとても説得力がある。
なるほどな、選手とファンの立場の違いを知った。
ファンなら例年フリーへの通過点が何点くらいか?を想像出来るけど、
当事者はミスして点数低いなら冷静にはなれないよね、、、それ以外にも、様々な事を感じて取れたし、
やっぱりあの時にあんな事を言ったのは間違いだと気づいた。

翌朝、早速ママに無礼を詫びると
「せっかく応援してくれてるのに応える事が出来なくて申し訳なく思ったんです」と言われた。
ママがこの一週間ばかり、色々言って来た事、弱気なのは、
応援してくれてるファンがいるのに期待に添えず申し訳ないって気持ちだったんだらしい。
それに気づいたらちょっと笑えてきた。え?今更?って感じで。
そんな時はファンに気遣う時間も娘の心配だけしてればいいのにー!ったくもう!ママったら!

「ファンの事なんて考えなくていいです。
期待に添えずガッカリするようなファンならば、村元哉中選手のファンになんてなりません(笑)
14歳の時から、どんなにボロボロだろうと受け止めてきた。
私にとって村元哉中選手のスケートはどんな時も大切でかけがえないものなのだから。」

最後に「今後申し訳ないは禁止!!」と添えて送った。

気分が晴れたような、不思議な気持ちで迎えたフリーだった。
6分間のジャンプで、ジャンプの調子についてはある程度覚悟はしたし、
最初のフリップを回避した時点で、今日はジャンプの事は言わないでおこうと決めた。
いい感じに肩の力が抜けていたし、足元が軽く見えた。
勢いやパワーは無いけど氷に吸い付くような滑らかなエッジワークだった。
サルコウはダメだったし、アクセルとかヒヤヒヤものだったけど、
ジャン!って音とピッタリ合う振り付け。
スピン、スパイラル、一つ一つのポジションで湧く拍手。四方を囲む観客から、拍手が降ってきた。
その拍手を、独り占めしている哉中選手がいた。

「@kanspo: [スケート]第82回 全日本選手権大会【女子FP】17位 村元哉中「会場の雰囲気を味わって楽しく滑れたらなと思っていた。こんなにたくさんの人が自分の演技を見て下さってうれしかった。ジャンプはともかく踊りは良かった。全日本は、自分の課題が見つかった大会になった」」
 
「@kana3ic3mura: 全日本あっという間に終わりました。。ショート、フリー、いい演技ができなかったけど、あの舞台で両方のプログラムを1万8000人の前で滑れたことが本当に楽しかったです。とても貴重な経験、一生の思い出になりました。色々あったけど、諦めずに、全日本に出場して良かったです。」

「色々あったけど、諦めずに、全日本に出場して良かったです。」

全てを終えて、このコメントを読んでボロボロ泣いてしまった。
うん、きっと。ここまで来るのに色々あったんだろうな。
後日、田村岳斗コーチが自身のブログにこう書かれていた。

「村元はこの大会前までなかなか調子が上がらず、どん底と言っていい状態で大会に入りました」

どん底の哉中選手の隣で、ママも辛かったよね。
コーチも心配されただろうし、ファンもなんだか落ち着かなかった。
何がそうさせたか、原因を知るつもりも聞くつもりもない。
ただただ、彼女は逃げないで立ち向かった。それだけでいい。

順位よりも、あのさいたまスーパーアリーナで滑った。
色々あったけど、諦めずに出てくれた事が本当に嬉しいし、村元哉中選手を誇りに思う。
この二日間で、ママ、元選手のお姉ちゃん、ファン。
三者三様の立場や思いを知れたし、言葉や態度が違えど、みんな、
村元哉中選手に自信を持って楽しく滑ってもらいたい思いが共通している。
ファンと言う立場上、選手や親御さんに本音をぶつける事は憚られるけど
ぶつかり合いながら、それぞれの思いを知れた事は貴重な経験だった。
 
全日本から一ヶ月くらいして、哉中選手に伝えた。
 
私には、ジャンプの飛び方やスケートに自信を持つ方法はアドバイスは出来ない。
けれども、村元哉中選手のスケートを愛することは出来る。
周りには、本気でスケートを、仲間を、娘を、妹を愛し、共に泣いて笑う人達が沢山いる。
哉中選手自身がスケートに自信が持てなくても、哉中選手のスケートを愛する人達が沢山いる。
その事だけは忘れないで、そこだけはいつも自信を持っていて欲しい。

みんな、村元哉中選手のスケートが大好きです。
 
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村元小月(むらもとさつき)
1990年5月15日生まれ
関西大学卒業
2013年選手を引退後はタイでフィギュアスケートの指導者として活躍中。
詳しくはこちら
村元哉中(むらもとかな)
1993年3月3日生まれ
「村元哉中/野口博一組」として2014年からアイスダンスに転向。拠点はバンクーバー(カナダ)
関西大学3年生

詳しくはこちら

メールフォーム
Twitter@satsuki-kana.com